2006年08月22日 (火) | 編集 |
私の息子、せっちんが18日と21日に定期検査、MRI検査に行ってきました。
18日は頭部MRIで21日は脊髄を調べるために胸椎MRIを。
その日に診察があり検査結果も異常なしという診断を頂き、ほっとしています。
脳腫瘍の髄芽腫になり、術後9年経つせっちんですが、今では年に1度の検査のみです。
もともと小脳の部分に腫瘍は出来ていたのですが、髄芽腫という病気は、背中や腰にも転移する恐れがあるので、検査の時は毎回、頭部と脊髄のMRIがセットになっています。
昨日、先生に術後9年経つので、もう二安心と言われました。
そういえば、5年経過した時は、ひと安心と言われた記憶があります。
10年経って、完治とも言えそうですがその後も様子が知りたいので、年に1度は検査をした方が良いとのこと。
以前からせっちんは、もう病気は治ったのに、なんでいつまでも病院に行かないといけないの?と言ってましたが、先生に直接言われて納得したようです。
今年も元気でいてくれてほっとしました。
せっちん、これからも大好きな学校で部活、がんばってね!
今日からまた、部活!せっちん張り切ってます!
18日は頭部MRIで21日は脊髄を調べるために胸椎MRIを。
その日に診察があり検査結果も異常なしという診断を頂き、ほっとしています。
脳腫瘍の髄芽腫になり、術後9年経つせっちんですが、今では年に1度の検査のみです。
もともと小脳の部分に腫瘍は出来ていたのですが、髄芽腫という病気は、背中や腰にも転移する恐れがあるので、検査の時は毎回、頭部と脊髄のMRIがセットになっています。
昨日、先生に術後9年経つので、もう二安心と言われました。
そういえば、5年経過した時は、ひと安心と言われた記憶があります。
10年経って、完治とも言えそうですがその後も様子が知りたいので、年に1度は検査をした方が良いとのこと。
以前からせっちんは、もう病気は治ったのに、なんでいつまでも病院に行かないといけないの?と言ってましたが、先生に直接言われて納得したようです。
今年も元気でいてくれてほっとしました。
せっちん、これからも大好きな学校で部活、がんばってね!
今日からまた、部活!せっちん張り切ってます!
2006年04月06日 (木) | 編集 |
※8年前の闘病生活を思い出しながら書いています。
放射線治療が終わり、退院してからの1週間後の1月16日、
最初に手術した病院で、もう必要のなくなったシャントの抜去術の為に
再び、手術をしてもらった病院に入院する事になりました。
手術をするという事は以前から分かっていたので、もう抜いてもいいはずの
カニューレ(喉に埋まった管)はつけたままです。
手術の時は何かと、都合が良いそうなので。
久々に、こちらの思い出の多い病院に戻ってきた私たち。
看護士さん達が歓迎してくれました。
以前までは声が出なかったせっちんなので、
みなさん、声を聞きたがってくれていたのですが、
恥ずかしがってなかなか喋ろうとはしません。
そして、以前のように悪さをしたり、詰所に入り浸ることなく
病室で大人しく過ごしました。
「なんで?」と聞くと
「もう喋れるようになったから」と
分かったような、分からないような回答が^^;
入院から数日後にシャント抜去手術をしました。
今度の手術は、不要なものを取り除く手術なので
これで、だんだん元のせっちんの体に近づきつつあると思うと
私は気が軽かったのですが、当の本人はやっぱり嫌だったでしょうね。
入院途中で私は高熱を出して寝込んでしまったのですが、
私の代わりにせっちんのそばにいてくれる人がいないので、
私は自宅に帰らずに、個室に移ってせっちんの横で
寝かせてもらいました。
今から考えると、ドクターも看護士さんも
せっちんに移るとかいう心配も全くなく、
氷枕を持ってきてくれたり、解熱剤をくれたり(診察してもらって)
助かりました。
ホント、よく移らなかったと思います。よかった〜
2月2日に退院する事が出来ました。
放射線治療が終わり、退院してからの1週間後の1月16日、
最初に手術した病院で、もう必要のなくなったシャントの抜去術の為に
再び、手術をしてもらった病院に入院する事になりました。
手術をするという事は以前から分かっていたので、もう抜いてもいいはずの
カニューレ(喉に埋まった管)はつけたままです。
手術の時は何かと、都合が良いそうなので。
久々に、こちらの思い出の多い病院に戻ってきた私たち。
看護士さん達が歓迎してくれました。
以前までは声が出なかったせっちんなので、
みなさん、声を聞きたがってくれていたのですが、
恥ずかしがってなかなか喋ろうとはしません。
そして、以前のように悪さをしたり、詰所に入り浸ることなく
病室で大人しく過ごしました。
「なんで?」と聞くと
「もう喋れるようになったから」と
分かったような、分からないような回答が^^;
入院から数日後にシャント抜去手術をしました。
今度の手術は、不要なものを取り除く手術なので
これで、だんだん元のせっちんの体に近づきつつあると思うと
私は気が軽かったのですが、当の本人はやっぱり嫌だったでしょうね。
入院途中で私は高熱を出して寝込んでしまったのですが、
私の代わりにせっちんのそばにいてくれる人がいないので、
私は自宅に帰らずに、個室に移ってせっちんの横で
寝かせてもらいました。
今から考えると、ドクターも看護士さんも
せっちんに移るとかいう心配も全くなく、
氷枕を持ってきてくれたり、解熱剤をくれたり(診察してもらって)
助かりました。
ホント、よく移らなかったと思います。よかった〜
2月2日に退院する事が出来ました。
2006年04月03日 (月) | 編集 |
※8年前の闘病生活を思い出しながら書いています。
無事退院したせっちんは1週間後には最初に手術した病院で、手術入院をしないといけません。
これはシャントがもう必要じゃなくなったので、抜去手術をするためです。
束の間の自宅での生活ですが、久々に自宅でお兄ちゃんと遊んだり、
テレビゲームをしたりして楽しみました。
カニューレ(気管切開に埋まっている管)は、まだついたままですが
寝るとき以外はずっと蓋をしています。
外出する時は、帽子をかぶりマフラーをして完全防備で出かけます。
たくさん喋ったり、歌を歌ったり、食べたり飲んだりと
楽しんでいました。
ただ、声を出す時の加減が難しいらしく、ひたすら大声で喋るせっちん。
レンタルビデオ店に行った時なんかは、家にいる時と同じくらいに
大きな声で喋るので、周りの人がびっくりして振り向いていたっけ^^;
カニューレがついたままなので、思う存分、せっちんを抱きしめる事は
出来ませんが、夜は3人で仲良く川の字になって寝ました。
久々の穏やかな日々でした。
無事退院したせっちんは1週間後には最初に手術した病院で、手術入院をしないといけません。
これはシャントがもう必要じゃなくなったので、抜去手術をするためです。
束の間の自宅での生活ですが、久々に自宅でお兄ちゃんと遊んだり、
テレビゲームをしたりして楽しみました。
カニューレ(気管切開に埋まっている管)は、まだついたままですが
寝るとき以外はずっと蓋をしています。
外出する時は、帽子をかぶりマフラーをして完全防備で出かけます。
たくさん喋ったり、歌を歌ったり、食べたり飲んだりと
楽しんでいました。
ただ、声を出す時の加減が難しいらしく、ひたすら大声で喋るせっちん。
レンタルビデオ店に行った時なんかは、家にいる時と同じくらいに
大きな声で喋るので、周りの人がびっくりして振り向いていたっけ^^;
カニューレがついたままなので、思う存分、せっちんを抱きしめる事は
出来ませんが、夜は3人で仲良く川の字になって寝ました。
久々の穏やかな日々でした。
2006年03月24日 (金) | 編集 |
※8年前の闘病生活を思い出しながら書いています。
せっちんは徐々に色んなものが食べれるようになりました。
基本的にはきざみ食ですが、お友達と同じものが
食べれるようにまでなりました。
1月7日に無事放射線治療も終わり、
翌日、この病院を退院することに。
退院して家に帰る前にもう一度、喉の検査をしてもらうと、
喉がきちんと動いていたそうです。
今まで片方しか動いてなかったのに。
いつになったら麻痺は治るのだろう、もしかしたら
一生このままかもしれないと暗い気持ちになった事も
ありました。
でも、麻痺は完全に治まり、きちんと機能する様になったというのです。
せっちん、よかったね。本当に良かった。
常に痰が詰まり、私や看護士さんが吸引機で吸引をしていました。
夜中に乾燥してカニューレの中がガチガチに固まって
呼吸困難に陥って苦しい思いもしました。
喋れなかったこと、食べれなかったこと、飲み物すら飲めなかったこと。
これは経験した人しか分からない辛さだったでしょうね。
これはもしかしたら、今すぐ喋れるようになるかもしれない!と、
耳鼻科の先生が、試しに喉に埋まってるカニューレに
蓋をしてみました。
蓋をすることで、今までカニューレから呼吸をしていたのが
元通り、口から呼吸が出来るようになるのです。
「普通、大人の人は1日10分くらい、口で息をする
練習を始めるんですよ。
人間の体の構造は、実は喉で息をする方が楽に出来てるので
口で呼吸するのが難しいかもしれません。
半年間、これで慣れてしまったので難しいかも知れません。
毎日10分間、こうして蓋をして徐々に呼吸が楽に出来るように
慣らしていきましょう」
そう言いながら、先生がせっちんのカニューレに蓋をしました。
全く、苦しむ様子もなく普通に口から呼吸をしています。
「声を出してみて」というと、
「おかあさん」と言ってくれました。
少し、元の声よりこもった感じですが、
久々にせっちんの声が聞けました。
子供なので、複雑に考える事無く自然に口から呼吸が出来たのでしょう。
それから家に帰りました。もちろん、蓋もしたままです。
せっちんは帰りの車の中でずっと喋っています。
半年間、全く喋れなかった分を取り戻すかのように。
お兄ちゃんも喋れるようになったせっちんを見て
びっくりしていました。
同居しているおじいちゃんにも、わざわざ会社に電話する事無く
声が出る事を内緒にしておいて・・・
夕方になり、おじいちゃんが帰宅してきました。
まだ内緒です。
「せっちん、おかえり。退院できて良かったなぁ」
せっちんに向かって、普通に声をかけるおじいちゃん。
「おじいちゃん!お帰り!」
可愛い声でせっちんがおじいちゃんに言いました。
あの時の父の顔と言ったら・・・・
入院中、辛いことがたくさんありましたが
嬉しい事もいっぱいありました。
その中でこれは、私とせっちんが共に
一番嬉しかった事です^^
ご飯が食べれて、
飲み物が飲めて、
喋ることができて。
悪性脳腫瘍という病気を一瞬でも忘れることの
出来たひとときでした。
せっちんは徐々に色んなものが食べれるようになりました。
基本的にはきざみ食ですが、お友達と同じものが
食べれるようにまでなりました。
1月7日に無事放射線治療も終わり、
翌日、この病院を退院することに。
退院して家に帰る前にもう一度、喉の検査をしてもらうと、
喉がきちんと動いていたそうです。
今まで片方しか動いてなかったのに。
いつになったら麻痺は治るのだろう、もしかしたら
一生このままかもしれないと暗い気持ちになった事も
ありました。
でも、麻痺は完全に治まり、きちんと機能する様になったというのです。
せっちん、よかったね。本当に良かった。
常に痰が詰まり、私や看護士さんが吸引機で吸引をしていました。
夜中に乾燥してカニューレの中がガチガチに固まって
呼吸困難に陥って苦しい思いもしました。
喋れなかったこと、食べれなかったこと、飲み物すら飲めなかったこと。
これは経験した人しか分からない辛さだったでしょうね。
これはもしかしたら、今すぐ喋れるようになるかもしれない!と、
耳鼻科の先生が、試しに喉に埋まってるカニューレに
蓋をしてみました。
蓋をすることで、今までカニューレから呼吸をしていたのが
元通り、口から呼吸が出来るようになるのです。
「普通、大人の人は1日10分くらい、口で息をする
練習を始めるんですよ。
人間の体の構造は、実は喉で息をする方が楽に出来てるので
口で呼吸するのが難しいかもしれません。
半年間、これで慣れてしまったので難しいかも知れません。
毎日10分間、こうして蓋をして徐々に呼吸が楽に出来るように
慣らしていきましょう」
そう言いながら、先生がせっちんのカニューレに蓋をしました。
全く、苦しむ様子もなく普通に口から呼吸をしています。
「声を出してみて」というと、
「おかあさん」と言ってくれました。
少し、元の声よりこもった感じですが、
久々にせっちんの声が聞けました。
子供なので、複雑に考える事無く自然に口から呼吸が出来たのでしょう。
それから家に帰りました。もちろん、蓋もしたままです。
せっちんは帰りの車の中でずっと喋っています。
半年間、全く喋れなかった分を取り戻すかのように。
お兄ちゃんも喋れるようになったせっちんを見て
びっくりしていました。
同居しているおじいちゃんにも、わざわざ会社に電話する事無く
声が出る事を内緒にしておいて・・・
夕方になり、おじいちゃんが帰宅してきました。
まだ内緒です。
「せっちん、おかえり。退院できて良かったなぁ」
せっちんに向かって、普通に声をかけるおじいちゃん。
「おじいちゃん!お帰り!」
可愛い声でせっちんがおじいちゃんに言いました。
あの時の父の顔と言ったら・・・・
入院中、辛いことがたくさんありましたが
嬉しい事もいっぱいありました。
その中でこれは、私とせっちんが共に
一番嬉しかった事です^^
ご飯が食べれて、
飲み物が飲めて、
喋ることができて。
悪性脳腫瘍という病気を一瞬でも忘れることの
出来たひとときでした。
2006年03月24日 (金) | 編集 |
※8年前の闘病生活を思い出しながら書いています。
放射線治療を毎日受けて1ヶ月近く経った日の事です。
病院に行くと、せっちんが目を丸くして
私の肩をたたきました。
「ちょっと、ちょっと」っていう感じで。
「どうしたん?」と聞くと
喉の検査をした時に、麻痺が軽減してると先生に
言われたそう。
せっちんは、手術の後遺症で、喉を動かす機能が麻痺してしまって
嚥下困難(飲み込みが出来ない)になってしまったのです。
このままほっておくと、唾液が肺に流れ込んで
肺炎を起こす危険性が高いというので
器官切開をして喉にカニューレという管をいれ
そこから呼吸をしていました。
当然、発声することができなくなり、飲むことも食べることも
出来なくなりました。
それから先生から説明を受けました。
まだ完全ではないけれど、半分が動いてるのが確認できたと
おっしゃっていました。
その喉の麻痺が軽減されたというので、このまま治っていくんじゃないかと凄く期待しました。
先生は試しに徐々に固形の物を食べる練習をしようと言って
下さり、それから毎晩夕食にプリンやゼリーを食べれるように
なりました。
今まで半年間近く、何も食べれなかったので、久しぶりに
食べたブリンの味は格別だったそうです(^_^)
放射線治療を毎日受けて1ヶ月近く経った日の事です。
病院に行くと、せっちんが目を丸くして
私の肩をたたきました。
「ちょっと、ちょっと」っていう感じで。
「どうしたん?」と聞くと
喉の検査をした時に、麻痺が軽減してると先生に
言われたそう。
せっちんは、手術の後遺症で、喉を動かす機能が麻痺してしまって
嚥下困難(飲み込みが出来ない)になってしまったのです。
このままほっておくと、唾液が肺に流れ込んで
肺炎を起こす危険性が高いというので
器官切開をして喉にカニューレという管をいれ
そこから呼吸をしていました。
当然、発声することができなくなり、飲むことも食べることも
出来なくなりました。
それから先生から説明を受けました。
まだ完全ではないけれど、半分が動いてるのが確認できたと
おっしゃっていました。
その喉の麻痺が軽減されたというので、このまま治っていくんじゃないかと凄く期待しました。
先生は試しに徐々に固形の物を食べる練習をしようと言って
下さり、それから毎晩夕食にプリンやゼリーを食べれるように
なりました。
今まで半年間近く、何も食べれなかったので、久しぶりに
食べたブリンの味は格別だったそうです(^_^)



