2007年10月03日 (水) | 編集 |
この夏は色んな事がありました。
せっちんの定期検査が控えている直前の事。
長男が突然、大学を辞めて家を出ると宣言してきました。
それから1週間後には本当に家を出てしまった。
彼に何があったのか、やっぱり分かりません。
家を出てからも週に1回は戻ってきて、いつものように色んな事を話し、御飯を食べてまた自分の家に帰って行く長男。
私は最初はショックで寝込んでみたり、泣いて暮らしてみたりもしたけれど、そこでせっちんが一言。
「ここにも可愛いエンジェルがいてるやん」
相変わらずのせっちんです(笑)
長男は小さい頃から、我慢の連続でせっちんの父親代わり、私の愚痴の聞き役など、私の大きな心の支えでした。
突然家を出てフリーターとして暮らしている長男に、心からありがとうって思っています。
自分の人生を新しくスタートした長男に静かにエールを送っています。
そして、せっちんの定期検査も無事、異常なしで術後10年を迎える事が出来ました。
ほっとした束の間、今度は私が成年後見人になっている“例のおば”が、老人ホームで意識不明に。
病院で10日間、闘った後に静かに天国に行きました。
病院から連絡があり、すぐにかけつけて1時間後でした。
この叔母には私が子供の頃から、親族一同苦しめられました。
私の父は、この叔母に母を殺されたようなものだと未だに恨んでいるけれど・・・
うちの母は小姑であるこの叔母に凄くこき使われていたんです。
持病の心臓病を抱えながら。
病院で叔母の心拍数が徐々に下がってきた時に、私は叔母の手を握り、「ありがとう」と言いました。
わがまま、勝手三昧で苦労をかけられたのは確かですが、でも私の事を愛してくれていた事を思い出したからです。
叔母に「ありがとう」と言ったとたんに心拍数が0に。
私は大きな声で隣の詰所の看護士さんを呼びました。
いつも「なぜ私だけ」こう思いながらも1人で叔母の世話をしてきましたが、最後は感謝の気持ちで叔母を送ることが出来ました。
入院、葬儀などで夫には本当に助けられました。
本当に有難いです。
葬儀も色々あり、私は胃を壊しましたが、最後まで私の味方になってくれる夫に感謝です。
たてつずけに色々ありましたが、もうすっかり秋。
随分過ごしやすくなり、活動的にもなってきました。
前を向いてこれからも歩いていこうと思います(^^)
せっちんの定期検査が控えている直前の事。
長男が突然、大学を辞めて家を出ると宣言してきました。
それから1週間後には本当に家を出てしまった。
彼に何があったのか、やっぱり分かりません。
家を出てからも週に1回は戻ってきて、いつものように色んな事を話し、御飯を食べてまた自分の家に帰って行く長男。
私は最初はショックで寝込んでみたり、泣いて暮らしてみたりもしたけれど、そこでせっちんが一言。
「ここにも可愛いエンジェルがいてるやん」
相変わらずのせっちんです(笑)
長男は小さい頃から、我慢の連続でせっちんの父親代わり、私の愚痴の聞き役など、私の大きな心の支えでした。
突然家を出てフリーターとして暮らしている長男に、心からありがとうって思っています。
自分の人生を新しくスタートした長男に静かにエールを送っています。
そして、せっちんの定期検査も無事、異常なしで術後10年を迎える事が出来ました。
ほっとした束の間、今度は私が成年後見人になっている“例のおば”が、老人ホームで意識不明に。
病院で10日間、闘った後に静かに天国に行きました。
病院から連絡があり、すぐにかけつけて1時間後でした。
この叔母には私が子供の頃から、親族一同苦しめられました。
私の父は、この叔母に母を殺されたようなものだと未だに恨んでいるけれど・・・
うちの母は小姑であるこの叔母に凄くこき使われていたんです。
持病の心臓病を抱えながら。
病院で叔母の心拍数が徐々に下がってきた時に、私は叔母の手を握り、「ありがとう」と言いました。
わがまま、勝手三昧で苦労をかけられたのは確かですが、でも私の事を愛してくれていた事を思い出したからです。
叔母に「ありがとう」と言ったとたんに心拍数が0に。
私は大きな声で隣の詰所の看護士さんを呼びました。
いつも「なぜ私だけ」こう思いながらも1人で叔母の世話をしてきましたが、最後は感謝の気持ちで叔母を送ることが出来ました。
入院、葬儀などで夫には本当に助けられました。
本当に有難いです。
葬儀も色々あり、私は胃を壊しましたが、最後まで私の味方になってくれる夫に感謝です。
たてつずけに色々ありましたが、もうすっかり秋。
随分過ごしやすくなり、活動的にもなってきました。
前を向いてこれからも歩いていこうと思います(^^)
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